音楽教室の先生は「音楽家」それとも「教育者」?

スカイワードミュージックスクール代表の石川直哉です。最近、様々な方(音楽家、演奏家、教育者etc…)と音楽についてディスカッションする機会が増え、多くの事を学ぶ機会に恵まれています。

そこでよく話題になるのが「音楽家と教育者の関係」。私見になりますが、音楽教育(広い意味でレッスンも含めて)に携わる人は、まず「演奏家」である事が必須であると考えます。

演奏というアウトプットがあってこそ音楽を生徒に伝えることができ、生徒に音楽を伝えるという再アウトプットが音楽を腹落ちさせ、その音楽家を更に成長させるというサイクルが回ります。つまり演奏無くして音楽は成立せず、いくら言葉を飾り立てても結局そこには何も成立しえないということです。アナリーゼや理論についても全く同じことでしょう。

そんな考えがあるからこそ、スカイワードミュージックスクールでは講師資格として”演奏家であること”を条件としています。

「たとえ演奏が出来なくても愛のあるレッスンが出来ればいい」
「人間性の育成が大切」
「演奏だけが音楽ではない」

たまにこんな言い分を耳にすることがありますが、どうしても詭弁に聞こえてしまいます。

本当に愛があるなら生徒の為に自分が演奏力を上げる努力をするべきだし、音楽を学びに来ている人は人間性の育成を第一の目的としているのでしょうか?演奏だけが音楽ではないのはその通りですが、演奏を全くしない音楽家なんてあり得るのでしょうか?

音楽教室に通う生徒たちは「私は音楽が出来るようになりたいから、もっと上達したいと思ってレッスンに通っているのであって、人間性を育成することが目的ではありません」と言うのではないでしょうか?

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