ピアノ練習法について考える|視覚的な情報にとらわれすぎると…

こんにちは!船橋市のスカイワードミュージックスクールで、幼児音楽コース/ピアノコースを担当する江口莉永(えぐち りえ)です。今回は、ピアノ学習者にとってお馴染みすぎる曲集『ソナチネアルバム』を開いて気付いたことをシェアしたいと思います。

古典派様式を学ぶのに、とっておきな曲集

最近、古典派作品の様式感をしっかり身に付けたいなと思い、楽譜棚から引っ張りだして『ソナチネアルバム』をみっちり丁寧に練習しています。

子どもの頃の書き込みを見ると、小さな手でなんとか一生懸命弾いていた記憶がよみがえり、とても懐かしい思いになります(今も手はかなり小さいのですが)。

と同時に、「ここは明らかに勘違いしたまま弾いていたな……」という反省ポイントも見えてきましたので、自戒を込めてちゃんとここで言語化しておこうと思いました(笑)

楽譜への書き込み。思わぬ落とし穴

子どものレッスンでは、色鉛筆をよく使うことが多いと思います。わたしが子どもの頃も、先生が書き込むこともあれば、自分でもミスしやすい音や強弱記号にどんどん印をつけていきました。

その書き込みのひとつとして、ドミソ(I)が現れると赤色、シレソ(Ⅴ)だと黄色で印をつけるというマイルール(?)があったのですが…

▲左手の和声が変わるごとに、それぞれ異なる色鉛筆で囲んでいました

一見、これによって和音の構成音がわかりやすくなりますし、次の音が迷子にならないという意味ではよかったのだと思います。

しかし!わたしにとっては音楽が停滞しやすくなる原因だったとも思います。

なぜかというと、子ども時代の単純なわたしは、ドミソを2回+シレソを2回弾けば間違わなくて済むということだけ考えていたからです(まるで信号みたいに…)。つまり、丸で囲んだ赤から黄色へ、ちゃんと送り出そうとか繋ごうなどと意識できてなかったのです。

視覚的な情報にとらわれすぎると…

結果的に、当時のわたしには「ドミソ」から「シレソ」に受け渡されると、一体なにが変わってどんな和声の動きが生まれるのか、全く見えてなかったのですね。

もちろん、色付けしておくことで和音の構成音を意識できたり、次の音で迷子になるのを避けられるといった利点があると思うので、すべてがすべて悪いことと言いませんが、わたしの場合、この信号のように点滅する書き込みを通じて、本来自然に流れるべき音楽を止めてしまっていたのだなと反省しています。

もし今だったら、ドミソ→シレソの動きがあったとしても、和音が変わったからとすぐ分断せずに、その和音の変化をどう弾くかを考えます。

赤色からいきなり黄色に変わるのでなく、その間のグラデーションを中心に考えたいです。

反省しながら半歩ずつでも前へ

時には間違った練習法や解釈をすることはあると思いますし、極端にいえば音楽に絶対的な正解も不正解もありません。ただ、なにか違和感があったときの解決法を見出せると、これから他の作品を学ぶときにも応用できるような気がしてわくわくしませんか?

こういった反省と学びの過程が、生徒さんとのレッスンや会話の中で活きてくるといいなと思いますし、今後もたくさん反省して理想の奏者に近づきたいなと思います。

皆さんは、昔の楽譜を開くとどんな記憶がよみがえりますか?♪

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