モーツァルトが幼少期から演奏や作曲ができたのはなぜか?

モーツァルトは3歳からチェンバロを弾き、5歳で作曲をしたといいいます。モーツァルトはなぜ幼少期からそんなことができたのでしょうか?これを紐解くことによって、幼児期の音楽の取り組みに関する重要なことが見えてきます。

音楽に限った話ではありませんが、芸術活動は「自分が”自発的に”芸術に向き合った瞬間に発露する」ものです。しかしながら、なかなか幼児に自発性を求めるというのは難しい部分があります。

だとすると幼児には本質的には音楽は無理?という話になるわけですが、それでも幼児に対する音楽教育は間違いなく必要であると言い切ることができます。それはなぜか?

簡単なことです。幼児期にしか体得できないスキルがあるからなのです。

そもそもヨーロッパ型の音楽は立体的な作りになっていて、リズム・メロディー・ハーモニーが複雑に組み合わさり構成されています。この事を「分析」出来ずに行われる演奏には全く意味がありません。
(稀に”音が美しい”という所で勝負する音楽家もいますが、それは天才的な才能が必要なので割愛)

この「分析」というスキルがなくては音楽自体に向き合う事が困難になっていきます。ただ弾ければいいわけではないのです。

日本を含めアジアでは、この「弾ければいい」という風潮が特に強いように思いますが、それは音楽家の力量をわかる指針を一般の人が持ちあわせていないのが最大の原因。そのため「弾ける」「弾けない」というスポーツ的な視点で音楽を測ってしまいがちです。

しかし、本当の意味で音楽の神髄に触れるためには、それを分析できるためのカギが必要なのです。そのカギを養うのが幼児教育の意味なのです。

その鍵のなかでも最も重要なスキルが「リズム」と「音感」です。これらの要素の中には、幼少期を逃すと体得するのが急激に難しくなるものがあります。

例えば「絶対音感」。絶対音感は子どもの内に身に付けないと一生身に付かないと言われますが、実はそんなことはありません。大人になっても身に付けることができるのです。ただし、大人になってから絶対音感を身につけるためには「毎日の訓練」が必要になるため、幼少期に体に入れてしまう方が圧倒的に楽という話なのです。その他にも、子どもの頃にインストールしておいた方が将来的に楽になるという音楽の鍵がいくつかあるのです。

それらの鍵を身につけるためには、うたを歌うことが一番の近道です。よって、スカイワードミュージックスクールの幼児音楽教育でも、歌う事を最重要事項に位置付けているのです。

モーツァルト自身もこんな言葉を残しています。

「ヨーロッパ中の宮廷を周遊していた小さな男の子だった頃から、特別な才能の持ち主だと、同じことを言われ続けています。目隠しをされて演奏させられたこともありますし、ありとあらゆる試験をやらされました。こうしたことは、長い時間かけて練習すれば、簡単にできるようになります。ぼくが幸運に恵まれていることは認めますが、作曲はまるっきり別の問題です。長年にわたって、僕ほど作曲に長い時間と膨大な思考を注いできた人は他には一人もいません。有名な巨匠の作品はすべて念入りに研究しました。作曲家であるということは精力的な思考と何時間にも及ぶ努力を意味するのです」

彼もちゃんと幼児音楽教育の道を通り音楽の鍵を獲得していたのです。

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